| 2006年12月23日 21:31 |
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すまいるコンサートも盛況のうちに幕を閉じ、これで私の今年の予定も全て終わった。後はただ新年を迎えるだけとなった。行く年を見送るだけとなった。
とにかく慌ただしく過ぎたという感じになった。特に母親が逝ったという大きな出来事があり、尚さらそんなふうに思えている。果たして来年はどうなるのだろう。慌ただしくなるのか。ごく普通に過ぎるのか。そんな事も考えたりしている。新年を迎えるだけになった今。
とにかく私らしくいる事にしよう。どんなふうになったとしても。頑張ってマルイの隣りの赤い屋根の家で、生活を続けて行く事にしよう。年の半分は嬉しくて、生きている今に希望を感じ。もう半分は落ち込んで、希望も何も持てなくて。そんなふうになるのだろう。繰り返して行くのだろう。そうなってもとにかく私らしくいる事にしよう。少しでもそれを感じるようにしよう。今はそんな思いでいる。慌ただしく過ぎたと感じる中で。
ずっと木曜日に月に一度食事作りに来てくれていた人が、結婚をするために今月いっぱいで介護チームから離れて行った。そのために木曜の分の人達が全ていなくなり、同じ曜日の午前中に来てくれる主婦のグループの人にお願いをする事になった。そんな感じで生活も大きく変わろうとしている。今までとは違う形になりつつある。果たして来年はどんな形になるのだろう。どんなふうになったとしても、とにかく走り続ける事にしよう。そんな思いになっている。慌ただしく過ぎたという感じがしている中で
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| 2006年12月17日 10:56 |
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台所の蛍光灯が切れ、一晩茶の間だけが明るいという夜を過ごした。切れたのが辺りがもう暗くなった夕暮れ時で、今から買いに行くのは少し無理。隣りのスーパーで買えればいいのだけれど大きいものは置いてなく、国道沿いのホームセンターまで買いに行かなくてはならない。もう少し早ければ買いに行けたかも知れないけれど、暗くて寒い中を買いに行く事にはやはり躊躇いを感じる。そんなわけで一晩だけ、いつもより暗い家の中での時間を過ごす。仕方がないという思いで。
そしてやはり、雰囲気が違うという気持ちになる。いつもある灯りがない。それだけで何となく、落ち着かないものを感じてしまう。いつもの自分の時間ではないようで、別の世界にいるようで。慣れてしまえば何ともない事かも知れないけれど、いつも違う雰囲気に戸惑いを持ってしまう。どうしたらいいのかと思ってしまう。やはりいつもの雰囲気があった方がいい。小さい事ではあるけれど、毎日確実に感じられた方がいい。そんなふうに思ったりしている。改めて頷いている。
明日には買いに行こう。そんなふうに思いながら、いつもより暗い家の中にいた。この雰囲気になれるのには時間が掛かるし、別にそうなろうとは思わない。だからとにかく買いに行こう。そして早くいつもの雰囲気を感じよう。そんな思いで過ごしていた。いつもと違う家の中で。
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| 2006年12月10日 15:36 |
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本当に愚かな事件のニュースが続いている。電車の中で痴漢をしたり、死んだ子どもの写真をホームページに載せたり。いい大人が何をしているんだ。醜く愚かな自分をどうして抑えられないんだ。そんなニュースを聞く度に感じてしまう。信じられないという気持ちになる。だけどそんな私にも醜く愚かな心がある。そのために何回も人を傷つけて、何回も悲しい思いをさせた。そしてそんな人だとは思わなかった。顔なんかもう2度と見たくはない。そんな事をその度に言われたりした。醜く愚かな心を表に出してしまったために。そして切ない思いになった。そんなふうになった事に。大声で泣き叫んだりした。自分を本当に責めたりした。
またいつ、醜く愚かな心が表に出るのか分からない。そしてまた誰かを、深く傷つけてしまうかも知れない。取り返しのつかない事になるかも知れない。もしかしたらもう既に、やってしまっているのかも知れない。自分が気がついていないだけで、誰かが傷ついているのかも知れない。悲しさを感じさせているのかも知れない。それが不安だ。醜く愚かな自分の心を、完全には抑えられないでいるだけに。すぐにそれに流されて行くだけに。
だからこそしっかりと、心に線を引いている。たとえそうなってしまっても、ここから先は行ってはいけない。その線を越えてしまったら、本当に大変な事になる。泥沼の中に沈んで行く。どうしようもなくなってしまう。そんな線を引いている。心の中にしっかりと。醜く愚かな心が表に出ても、自分を見失なわないように。
果たして明日はどんなふうになるのだろう。醜く愚かな心を抑える事は出来るのか。それとも抑えられなくてそんな事に、切ない思いを感じてしまうのか。不安ではあるけれど、とにかく自分をしっかりと感じていよう。心に引いた線を越えて行かないように。
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| 2006年12月3日 12:34 |
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知らない所でこんな事が。それを人から聞かされて、とにかくただ驚いていた。知らなかったとは言え結果的に自分のせいで人に迷惑を掛けたという事になり、それにただ言葉もなく佇んでいるという感じになっていた。どうしてこんな事になるんだ。本当にいい加減にしてくれ。自分には何も落ち度はないんだけれど、やはりそんな思いになってしまう。結果的に人に迷惑を掛けたという事には変わりはなく、肩を落としてため息をついたりしていた。どうしようもないという気持ちになっていた。
自分の知らない所でこんな事が。そして結局、自分の責任になってしまう。人に迷惑を掛けたりしてしまう。そんなふうになったりする事がある。何も落ち度はないけれど、自責の念に駆られたりする。それだけ自分に隙があるという事なのか。しっかりとしていないから、そんなふうになってしまうのか。大変な事になるのか。とにかくしっかりとしていないと駄目だ。変に気持ちに隙を作らずに、少しでも背筋を伸ばしておかないと。そんなふうに思っている。確かに頷いている。
まだ何となく落ち込んだ気持ちになっている。どうすればいいのかが分からずに、思わずため息をついたりしている。自分の知らない所で起きた事なのに。そして何も落ち度がない事なのに。だけどそれが今の自分ならば受け止めて行くしかない。逃げる事が出来ないのだから。ただそんな思いでいる。
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| 2006年11月25日 16:25 |
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自分で出来る事はやって来た。多少は時間が掛かっても。これは無理だという事以外は、とにかく自分でしようとした。誰かがいる時は思わず頼んだりしながら。どうしてこれが出来ないんだ。そんなふうに厳しく言われたりしながら。頑張ってやって来た。自分で出来るという事を。そしてそれが歯止めになった。自分を見失なうという事の。見失なったりは何回もしたけれど、本当にそうなるという事はなかった。何とか自分を保ち続けた。自分で出来るという事をやる。それが確かにあったから。
だからそれは変えられない。頑張らなくてもいいのでは。もっと楽にやればいい。そんなふうに言われても、やはりそれは変えられない。そうやって築いてきた生き方の、否定をする事だけはしたくはないから。そして貫いて行きたいから。これが自分の生き方なんだと。だからこれからもこのままで。思わず誰かに甘えたりしながら。その事を責められながら。やはりそれは変えられない。
十月から支援法が本格的に施行をされ自分で出来る事が一つでも多いほど、障害が軽いと見なされ一割の自己負担がその分増えてしまう。そんな話しを聞かされた。そして少しでも負担を軽くするために、今まで自分でやっていた事も頼むようにした方がいい。そんな事になりそうだという話しも耳にした。だけどそんな事ぐらいで築いて来たものを変えたくはない。簡単に否定をされたくはない。壊したくはない。そんな思いでいる。しっかりと胸にしている。
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| 2006年11月18日 23:08 |
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先週で今年の仕事が終わり、今週から冬季休業に入った。
とにかくホッとしている。何とか今月の半ばには終わりたい。どんなに遅くても末までは何とかしたい。そう思っていただけに予定通りになった事に、とにかくホッとした気分になっている。そしてこの冬はどんなふうに過ごそう。何と何をする事にしよう。そんな事を考えながら冬季休業のスタートを切っている。どんな時間にしようかと。
市の中心部で行商をしている障害者の先輩。年末まで頑張るらしい。どんなに寒くても雨や雪さえ降らない限り、とにかく街中を電動車椅子で走り回ると言う。私が今月の半ばで終わりにすると言ったら、「自分より若いくせにだらしないな」と笑われてしまった。それを耳して「大きなお世話」と思いながら私も笑う。若いからこそ無理はしない。輝く未来があるんだから。そんな冗談めいた事を思いながら一緒に笑う。そしてとにかく元気にこの冬を乗り切ろう。そんな話しをする。お互いにいい冬にしようと。
今週から冬季休業。だけど障害者フォーラムやすまいるコンサートがあって、何だかんだと忙しい。本当に休業というふうにはなかなかならない。何もしないでいるよりはいいけれど、せっかくの休みなんだから何もしない日も欲しい。果たしてこの休みはどんなふうになるんだろう。とにかくいい休みにしよう。
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| 2006年11月11日 21:08 |
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自殺をする子供のニュース、毎日のように流れている。いじめられたとか将来への不安とかで、生命を落とす事の選択をしてしまう。そんな姿が報じられている。そんなニュースに目を度に、どうしてそんな勇気を持ってしまうのか。どうして死ぬのが怖いと思わないのか。そんな根性を感じてしまうのか。そんなふうに思ってしまう。思わず叫びたい気持ちになる。
私も死にたいと思うほどの切ない事は何回もあった。どうしてこんな事になるんだ。本当に嫌になった。そんな事を何回も繰り返した。何回も噛みしめた。だけど本当に死のうとは一回も思わなかった。死ぬのが本当に怖かったから。自殺をするだけの勇気と根性が何もなかったから。そして本当に怖いと思う事を、無理をして自分からする必要はない。どんな事があっても生きている事にしよう。そんなふうに思っていた。臆病でいようした。
臆病でいた方がいいかも知れない。全ての事に対して怖いと感じていた方が。変に勇気や根性を持ったりすると、そのまま突っ走ったりしてしまう。これでいいんだと振り向きもしないで、とにかく前だけを見るようにする。道を踏み外したりしているかも知れないのに、気づこうともしない事になる。だけど臆病でいると考えたりしてしまう。本当にこんな事が出来るのか。やる自信があまりないからどうしよう。そんなふうに考えたりする。よく自分と話しをする。そして自信がないからやめておこう。無理な事はしないようにしよう。そんなふうに思う事が出来る。愚かな事をしなくてもいいようになる。だから臆病でいた方がいいかも知れない。特に死ぬという事には。それが一番かも知れない。
今もまだ死ぬ事には臆病でいる。死ぬ時はどんなふうなんだろう。そして死んだらどうなるんだろう。それを考えただけでも怖くなる。とてもそんな事を自分からやろうとは思わなくなる。だからとにかくどんな事があっても、生きられるだけ生きて行こう。色々な顔の自分になりながら、しぶとく人間であり続けよう。とにかくそんな思いでいる。
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| 2006年11月4日 22:17 |
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今月分の品物が届いて今年の仕事もいよいよ、最終クールに突入をした。そして毎日もう冷たくなった秋の風が吹く中を、雨が降らない限りどんな天候でも出掛けている。とにかく今月の半ばには終わらせたい。どんなに遅くても今月の終わりまでには何とかしたい。12月に入ったら本当に天候が悪いが続き、寒いという日が多くなって行く。出たくても出られないという感じで、家の中に閉じ込められるという事になって行く。だから何とか今月中には何とかしたい。少し無理をしてでも終わらせたい。そんな思いで出掛けている。とにかく出ようという気持ちで。
そしてこの時期になると、とにかくトイレが近くなって行く。今、やったばかりなのにもう出たくなっている。出たくなってしまうと一気に漏れそうになって、我慢をするのが本当に大変になる。そしてそれに気を取られ、仕事がちゃんと出来なくなる。何処かの空き地でやろうとしても、地面が濡れていて降りられない。文化会館か福祉センターまでと思い我慢をするけれど、やたらに遠くに感じたりして切なくなる。そんなふうになったりする。だから何も飲まないようにしないと徒考えたりもするけれど、なかなかそれも出来ない。どうしても温かい缶コーヒーが欲しくなり、必ず一本は飲んでしまう。出る度に繰り返す。そしてまた出たくなって、必死になりながら我慢をする。仕事に手がつかないという感じになる。
そんなふうになりながら、今はとにかく出ようとする。何とかして今月中には終わらせよう。そんな思いで続けている。そして明日も出掛けて行く。天候がどうであれ雨さえ降らなければ。そんな事で出掛けて行く。今はただ頑張るしか。
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| 2006年10月28日 18:02 |
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やはり気まずいものがある。色々な人から手を借りながら計画をしていた事が、結局駄目になった時。あんなに動いてくれたのに。色々と考えてくれたのに。何も出来ずに終わるという事に、やはりそんな思いを感じてしまう。そして駄目になった事をどんなふうに伝えよう。どんな表情で向かい合おう。そんなふうに考えたりする。ちゃんと話せば分かってくれる。受け止めて貰える。分かっているけれど、やはり色々と考えてしまう。どうしようという気持ちになる。やはり気まずいものがある。
ちゃんとした計画を立てなければいけない。そんな事がある度に思ってしまう。これならば大丈夫だ。ちゃんとやりきる事が出来る。確かにそう言えるようにしなければいけない。色々な人からの手を借りる事なら尚、そんなふうにしなくてはいけない。無駄にしてはいけない。とにかくそんな思いでいる。とにかくそう頷いている。
また計画立てる時があり、人の手を借りたりする事にもなる。ちゃんとやろうとは思ってはいるけれど、どんなふうになるのかは分からない。結局は何もならなかった。そんな事になるかも知れない。そうなったとしても気まずいものが、感じられないようにしよう。仕方がなかった。また今度、頑張ろう。せめてそう思えるようにしよう。
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| 2006年10月21日 18:22 |
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全国音楽祭の事を取り上げたラジオの特集があった。久し振りに関わりのある人達の声を聞き歌を耳にして、懐かしいという思いに浸る事が出来た。みんな知っている歌で素直に自分の思いを、書き綴ったものばかり。自分の障害としっかりと向き合いその中で、自分が出来る事をやって行こう。そして夢を叶え自分らしく生きて行こう。そんな思いが込められている。しっかりと伝えている。そんな歌を聴きながら改めて、書いて行こうという思いを強くした。しっかりと頷いた。
自分の事を書いて行く。自分の障害や生活の事。その中での自分の姿。そしてそこで感じた事。それをとにかく書いて行く。色々な表情をした自分と向き合いながら、ありのままの思いを言葉にして行く。そんな詩を書いて行こう。確かに残して行こう。そんな気持ちを強くした。改めて胸にした。書ける事の嬉しさを感じながら。伝える事の大切さを胸にしながら。
12/17にはすまいるコンサートが開かれる。今年もまた障害や生活と向き合いながら、その中で感じた自分の思いを書き綴ったものが集まった。そしていい曲がつけられしっかりと、聴きに来た人の心に届けられる事になりそうだ。とにかくいいコンサートにして行こう。規模は小さいけれど伝えたいという気持ちでは引けを取らない。それがしっかりと感じられるものにしよう。そんな思いで取り組んでいる。書いて行こうという気持ちを胸にしながら。
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| 2006年10月14日 21:41 |
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色々な事で悩んでいる友達。どうする事も出来ないままに、切なさをただ言葉にしている。そんな事をしていたって何もならない。自分で解決のための答えを出すしかない。そう思ってはいるけれど、どうすればいいのか分からない。そうしようとすればするほど、抜け道が分からなくなってしまう。何処に向かえばいいのか迷ってしまう。そんな感じになっていた。そして話しているうちに悲しくなって、何回も涙を流していた。そんな自分をどうする事も出来なくて、ただ身を任せるという感じになって。
そんな姿をただ見つめるだけでいた。怒ったりもせず元気づける事もなく、ただ黙ってそうしているしかなかった。何か言わないといけない。向こうもそれを求めているのかも知れないから。そんなふうに思いながらも、とにかくただそうしているしかなかった。話しに耳を傾けているだけになっていた。
だけどそれだけでもいいのかも知れない。何もしないでいるよりは。その姿に切なさを感じながらも、逃げてしまう事をするよりは。見つめるだけで心が落ち着く。そんな事もあるのだから。決して自分は一人ではない。そんな思いになる事が出来るのだから。かつて自分がそうだったから。何もしなくてもそばにいて、話しを聞いてくれる。それだけで気持ちが落ち着いたから。だからそれだけでいいのかも知れない。ただ見つめるだけで。
あれから会っていないけれど、どうしているのだろうか。少しでも元気になったのか。それともまだ落ち込んで俯いているのだろうか。いずれにしても自分を見失なわないで欲しい。どんなふうになっていても感じていて欲しい。今はそんな思いでいる。
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| 2006年10月7日 18:24 |
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最近、薬漬けになっている。咳止めから膝の化膿止めに口内炎と、薬を沢山飲む日が続いている。そして飲む薬が沢山のため、どれがどの薬か分からなくなる。薬だけで何となく腹がいっぱいになり、もうあまり食べられない。そんな感じにもなったりしている。とにかく薬漬けの生活が続いていて、そんな年になったのかとふと思ったりしている。何となく頷いたりしている。
子どもの頃、食事の後などに薬を沢山口にする祖父母の姿を目にしていた。そんな沢山飲んで大丈夫なのか。そんなに沢山飲まないと、健康を保てないのか。年を取ったりするとそんな感じになってしまうのか。そんなふうに思ったりしていた。また父と母も年を重ねて行くにつれ薬を飲むようになり、その量も次第に多いものになった。それこそ薬だけで満腹になってしまう。そんなふうに感じるほどの量になった。そんな生活に入って行った。そして気がつくと自分もまた、そんなふうになって来ている。まだほんの少しではあるけれど、そんな生活を始めようとしている感じになっている。そんな年になったのか。健康に気をつけなければいけない年に。そんなふうに思っている。薬を沢山飲んでいる毎日の中で。
膝の方はすっかり良くなった。咳はまだ出ているけれど、薬を飲むほどではなくなった。口内炎ももう少しで良くなりそうで、もうすぐ薬漬けの毎日から抜け出せそう。とにかく身体には気をつけよう。何だかんだと言っても、確かに年を重ねているのだから。とにかく今はそんな思い。
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| 2006年10月1日 9:01 |
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高校の時の担任が、久し振りに訪ねて来た。この春に長い教師生活を終えて、今は自由に自分の時間を過ごしている。結構色々とやりたい事があって、忙しく過ごしている。もしかしたら今の方が忙しいかも知れない。電話で話しをする度にそんな事を私に伝えてくれていた。充実をしているという声を響かせていた。
その担任が訪ねて来た。前から訪ねたいという思いは伝えて来ていたけれど、なかなかスケジュールが合わなくて延び延びになっていた。私の方も早く来て欲しいと思っていたけれど、なかなかうまく時間が作れずにその事に少し歯痒さを感じたりしていた。それだけにようやく実現をした事に、やはり嬉しさを感じていた。久し振りに会えるというだけに、その時間を楽しみにしていた。弾むものを感じていた。
そして話しはとても弾んだ。会うのは確かに久し振りだけれど、電話でいつも話している。なのに話す事自体がまるで久し振りかのように、本当に色々な話しをした。時間が経つのも忘れるぐらいに。やはり会って話すのは違う。確かに自分の思いが伝わるという事を感じる。そして相手の気持ちを受け止める事が出来る。だからやはり会って話した方がいい。直に相手の目を見て。直に声の響きを耳にして。改めてそんな思いになっていた。改めて胸にしていた。
また今度ゆっくり話そう。その事の約束をして別れを告げる。その時は近くに住んでいる同級生も呼んで、楽しく過ごす事にしよう。その事も約束をする。いつになるかは分からないけれど、今からとても楽しみだ。その日に向けてまた頑張る事にしよう。
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| 2006年9月23日 18:05 |
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一人で出掛ける事が多い私に対し、こんな意見が出たりした。当たり前のようにやっている事に対し、少し首を傾げられた。
何かの集まりに一人で参加をして、周りの誰かに介護のお願いをしたりする。トイレとか食事とか。だけどその人はそのために来ているわけではない。集まりから何かを得ようとして来ているのであって、介護をするために参加をしているのではない。そのためにせっかくの時間を無駄にする事になったら、一体誰が責任を取るんだ。だから必ず誰かと来た方がいいんだ。そんなふうに言われてしまった。
一人で出掛ける時はトイレ全て自分でしている。車椅子から降りて膝立ちになって用を足す。その事に対しても疑問を投げ掛けられた。そのためにズボンが汚れてしまい、その汚れたズボンのままで人の家に上がる事に躊躇いはないのか。その人が汚された家の中で過ごさなくてはならなくなる事を、別に何とも思わないのか。まして寝たきりで転がりながら動く人にとって、どんな意味を持つのか考えた事があるのか。それでその人が具合を悪くしたら、本当にどうするつもりなのか。だから何処かに行く時は、必ず介護の人と出かけた方がいい。安易に一人で出掛けようとはせず、誰かに一緒に行く事をお願いした方がいい。
そんなふうに言われてしまい、何となく気持ちが重くなったりした。本当にこれで良かったのか。何処かで間違っていたのではないか。そんなふうに考えたりした。そしてため息をついたりした。
だけど一人で行く事をやはりやめたくはない。確かにその事に少し自惚れていたと思うし、改めなければいけない所は直して行かないと駄目だ。だけどここまでやって来た事を、全て捨てるなんてやはり出来ない。そこから培って来た自信の否定をする事になってしまう。そして自分なりの自立というものが見えなくなる。だから一人で行く事だけはこれからも続けたい。やり方を見直したりしながらも、やはり貫いて行きたい。大変だけれど自由に飛び回るという事を。
出来るだけ自分でやるようにしよう。そしてズボンを汚さずにいよう。その事を心掛けながら出掛ける事にしよう。それが今、自分に出来る事だと思うから。誰も傷つけずに一人で動いて行くための。
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| 2006年9月12日 22:15 |
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新作の語りを作り、練習を毎日している。まだ人前で語る機会はないけれど、とにかく早く自分の語りが出来るようにしよう。そんな思いで続けている。そして練習をしながら自分で語るという意味を、改めて考えたりしている。誰かに伝えて貰うのではなく、自分の言葉で思いを表わす。そんな事の意味を。
たとえなかなか通じなくても真正面から向き合い伝えようとすれば、必ずしっかりと相手に分かって貰う事が出来る。同じ言葉を何回も繰り返したりする事にもなり嫌になったりするけれど、伝えようという気持ちさえあれば必ず相手の心に響く。そして分かり合える事が出来る。この語りの取り組みを通して、改めてその事を感じている。しっかりと胸にしている。だからこれからも語りに取り組んで行く。何処まで自分の言葉で伝えられるかは分からないけれど、しっかりと前をむいて思いを語って行きたい。自分を表わして行きたい。
新作の練習はしているけれど、まだ自分の語りにはなっていない。自分の語りになるまでにはまだもう少し時間が掛かりそうで、語る事の難しさを改めて感じたりしている。とにかく焦らずに取り組む事にしよう。頑張ってやっていればいずれ、自分の語りになるのだから。今はそんな思いでいる。
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| 2006年9月9日 20:20 |
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真夜中に目が覚める。肌寒くなっていて、何も掛けないではいられない。そんなふうになっていて、それで思わず目が覚める。そして我慢が出来なくて布団を掛ける事にする。寝る時はまだ暑くて、何も掛けなくても良かったのに。起きた時に直すのが面倒だから、あまり掛けたくはないんだけれど。そんなふうに思いながら、とにかく掛ける事にする。寒いのに我慢なんかする事はない。布団はまだ一枚だから、そんなに直すのは大変ではない。そんなふうにも思いながら。そしてそんな事から、やはり秋かと思ってしまう。ついこの前まで、あんなに暑かったのに。そして今でもまだ、暑い日はあるけれど。
もうそろそろ生活の方を、夏から秋に切り替えないといけない。夏の間はしなくても良かった事でも、秋になるとしなければいけなくなる。その反対に秋から出来るという事もある。そんな感じでもうそろそろ切り替えなくてはいけない。そして毎年の事ながら完璧に切り替えるまでに、やはり時間が掛かってしまいそう。夏の生活が染みついているだけに、簡単には行かない感じ。とにかく少しずつでも切り替えないと。まだ暑いけれど本当に涼しいという時間が、すぐそこまで来ているのだから。
果たして今夜はどうだろう。暑いという感じもしているし、涼しいという気もするし。寝る時はどうしよう。布団を掛けた方がいいか。掛けなくても大丈夫か。何となく迷っている。どちらとも言えなくて。そして寝るまでそうなりそう。やはり秋かと思いながらも。
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| 2006年9月2日 21:09 |
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膝の痛みはすっかりなくなった。水はまだ少し溜まってはいるけれど、いつものように歩く事が出来るようになった。そしてやはりそれは嬉しい。何しろ思うように動く事が出来ず、生活にも色々と支障が出てしまっていたから。家の中がやたらに広く感じ、全ての者が遠くに思えていたから。いつものように歩ける事がとにかく嬉しく、改めていつものように生活をする大切さを感じていた。改めて頷いていた。
だけど調子に乗らずにいようと思う。またいつ痛くなるか分からないから。いつものように歩けるから思わず走ったりしているけれど、とにかく調子に乗らずに行く事にしよう。いつもの自分に戻ったりすると、思わず忘れたりしてしまう。痛くて本当に切なかったときのことなんか。そしてまるで何もなかったかのように、家の中を歩き回る。多く少なく強めなる事は気にせずに。それでまた痛くなる。水が溜まったり腫れ上がったり。そして本当に切なくなる。思うように動けないという事に。だからとにかく調子に乗らずにいよう。いつものように動ける時だけに。慎重にやって行こう。今はそんな思いでいる。
結局、この夏は短パンを履く事が一度もなかった。暑い日が続いたから何とかは来たかったんだけれど、これもまた仕方がない。やはりどんなに暑くても長ズボンの方がいい。調子に乗って履いて、膝を痛くするよりも。そんなふうにも思ったりしている。
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| 2006年8月27日 20:48 |
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お盆休みから帰って来てみたら、我が家が大変な事になっていた。お盆頃のあの激しい雷のためにパソコンがやられてしまい、インターネットとメールが出来なくなった。それどころか電話まで繋がらなくなり、思うように外との連絡が取れなくなった。帰って来たのが週末だったので、すぐにNTTから来て貰う事は出来ない。明けるまで携帯で何とか凌がなくてはいけなく、とにかく不便だという時間を過ごした。ただただ困ったという感じになった。
こんな時に限って、とても大切な連絡があったりする。携帯の番号を知っている人ならいいけれど、知らない人も沢山いるから。その人からの大切な連絡だったらどうしよう。連絡が取れなかったために取り返しのつかない事になった。そんなふうになったりする事もあるから。だからとにかく直るまで、何事もない事を願うだけになっていた。電話にもメールにも。ひたすらに繰り返していた。
とにかく不便だという思いになっていた。そして日頃からあるものがどんなに大切かという事を、心から感じていた。とにかく繋がったらメールを出そう。誰でもいいから思いを伝えよう。そんな思いになっていた。とにかく不便という中で。
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| 2006年8月11日 11:44 |
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大粒の汗を流す。また膝に水が溜まり、今度はかなりの重症になった。部屋から部屋への移動だけでもかなり時間が掛かり、思わぬ力が入ってしまう。そしてその度に大粒の汗を流し、身体中が汗にまみれてしまっている。そんな感じになっていた。ただでさえ暑いのに。何もしなくても汗を流すのに。いつものように出来ない時間に、何となく苛立ちを感じたりしていた。やはり切なくなっていた。
とにかくやたらに家の中が広く感じてしまう。今までは何ともなくすぐに出来た事でも、覚悟を決めて始めないと動けない。そして全ての事が面倒になって来て、誰かが来たら思わずたのんでしまう。そんなふうにもなってしまう。膝が痛いという事だけで、こんなに生活が変わってしまうものなのか。考え方も態度も違うものにしてしまうのか。そんなふうに考えたりしている。頷いたりしている。
今は毎日、水を抜くために医者に通っている。そして注射の痛さにまた、大粒の汗を流している。とにかくもう仕方がない。そんなふうになったのだから。全てを受け止めて生活をするしかない。そして早く治すしかない。今はただそんな思いでいる。
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| 2006年8月11日 11:44 |
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暑さのために伸びていて。仕事が休みの日は一日中、何もせずに寝転んで少しでもう扱かずに。そんなふうになっていた。死んだようになっていた。これまでも暑くなると思わずそうなる事はあったけれど、死んだように伸びるという所までは行かなかった。何とか自分の事をやるだけの元気はあって、気合いを入れて動くように頑張ったりしていた。少しでもいつものようにしていた。だけど今はそれが感じられない。トイレに行くのも面倒で、思わず我慢をしたりする。電話が鳴ったりしてもすぐに出ようとはせずに、切れる寸前になってやっとスピーカーホンのボタンを押す。そんなふうになっていて自分で少しでも、何かをやろうという元気は感じられない。何も伝わって来ない。ただひたすらに伸びていて、そこから抜け出そうとはしない。そんな自分になっていた。
だけどずっとそうしているわけには行かず、そろそろと思った時に動き出す事にする。何だか重たいと感じる身体を動かして、家の事をしようとする。もうすぐ介護の人が来る。それまでに自分が出来る事をしておかなくてはいけない。暑いからと言いわけをするわけには行かない。甘えていい事と悪いというものがある。だからとにかく動き出そう。本当にいつまでも伸びていたい。そうなってしまうほどの、年ではまだないはずだから。そんなふうに思いながら。
次の休みの日はどうなっているんだろう。また伸びているんだろうか。それとも少しでも何かをしようと、動き出しているんだろうか。いずれにしても少しでも無駄にしないようにしよう。有意義という所までは行かなくても、いい時間と言えるものにしよう。今はそんな思いでいる。
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| 2006年8月5日 19:48 |
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本当に暑い日が続いている。ほんの少し歩いただけでも汗が流れる。いくら水を飲んでも喉が渇き、飲む度にまた汗を掻いてしまう。そんな感じになっている。そしてエアコンがないととても駄目で日中は外からの風を入れていても、夕方からは窓を閉め切りガンガンとつけている。そこから少しも動かずに冷たい空気を、とにかく気持ち良く受けている。そんなふうにもなっている。今月に入ってから繰り返している。
だけどズボンだけは生地の厚いものを履いている。どんなに暑くなっていても短パンを履かないで、厚いズボンを続けている。膝が痛くなるから。床にくっついたりして歩きにくくなるから。特にこの前膝に水が溜まってしまい、治ったけれどまだ歩きにくくなっている。短パンを履くだけの自信がまだ持てなくて、だからズボンだけは冬のままになっている。とにかく膝で歩く生活。膝が使えなければ生活そのものが出来なくなる。全ての事が止まってしまう。だからいくら外が暑くても生地の厚いズボンを履くしかない。汗を沢山掻いて冷たいものを何杯も飲んでも、とにかくそうやって行くしかない。押し通して行くしかない。
それで蒸れてしまうために、タムシになってしまった。風呂から上がる度に薬は塗っているけれど、なかなか痒みが取れないでいる。それは確かに切ないけれど受け止めて行くしかない。このままで頑張って行くしかない。今はとにかくそれだけで。
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| 2006年7月29日 22:13 |
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慌ただしく一週間が過ぎた。本当に時間が早く回っているようで、それに追いまくられている。そんな感じになっていた。だから悲しむ気持ちになる余裕など何処にもなく、慌ただしく一日をとにかく過ごしていた。母親が逝ったという現実を受け止めながら。淋しさと切なさは確かに感じながら。
この時も意外と冷静でいられた。親が逝った時は本当に悲しむだろう。特に母親の存在が何だかんだと言いながら大きいから、涙が本当に止まらないという感じになるだろう。そう思っていただけに冷静に母親を見送るまでの時間を、過ごしている自分にただ驚いていた。もう七月いっぱいと聞かされていて、心の準備は出来ていた。それでそんなふうになったのかも知れないけれど、いつもの感じでいられる事が何だか不思議に思えた。今まで気づかなかった自分の姿を目にして、ただ意外だと思うしかなかった。そんな感じになっていた。
そんなふうになりながら母親が逝ったという現実を、しっかりと胸にしていた。悲しさと切なさは確かに感じていて、それに心を揺らしたりしていた。そしてそんな年代になったんだ。親の世代の人を見送る年代に。そんなふうに思っていた。確かに頷いていた。
慌ただしく過ぎたあの時間から一週間。いつもの生活に戻っている。まだあれから少ししか経っていないのに、何だか遠い昔の事のように思ったりしている。とにかくいつもの自分でやって行こう。相変わらず躓いたりしながらも、自分の歩き方で進んで行こう。改めてそんなふうに思っている。改めて頷いている。
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| 2006年7月16日 15:33 |
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もしかしたら戦争になるかも知れない。毎日のニュースを見ながらそんな思いになっている。あのミサイル発射から一気に雰囲気がそんなふうになり、何が起きてもおかしくはない。本当にそんな感じになって来ている。本当にどうなるのだろう。このまま自分の生活を続ける事が出来るのか。確かに不安な気持ちになっている。怖いというものを感じながら、ニュースに目を向けている。関心を持っている。
だけどその一方で、意外と冷静にいる自分でいる。どうなるのだろう。怖い。そんな思いになりながらも普段通りに、一日の生活をやっている。いつもの自分になっている。本当ならばそんなふうになっていられないはずなのに。もっと危機感を持たなくては行けないはずなのに。とにかく意外と冷静な気持ちでいる。冷静に時間を送っている。まだ実感が湧かないのか。そんなふうになるはずがないと思い込んでいるのか。よく分からないけれど、今はただそんな気持ちでいる。いつもの自分のままでいる。
とにかく最悪の事態だけは避けて欲しい。どんな事があっても戦争だけは絶対に良くない。全てをなくしてしまうから。取り戻す事が出来ないから。だからとにかくそれだけはやめて欲しい。何としてもそうさせたい。そんな思いだけはしっかりと感じている。意外と冷静でいる中で。
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| 2006年7月8日 22:11 |
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今日もまた蟻の大群。昨日殺虫剤で全滅をさせたと思ったのに、また家の中の占領をするかのように沢山歩いている。そんな毎日が続いていて、もういい加減嫌になった。そんな思いを続けている。一体何処からやって来るのか。どうすれば本当に全滅をさせる事が出来るのか。分からないというままに、とにかく格闘を続けている。今日も朝からそうなっている。
格闘をする事は他にもある。膝に水が溜まり思うように歩けない。生活に困るという所までは行っていないけれど、いつものようにならない事に少し難儀をしたりしている。それから厚くなって来たために、トイレの中での事もそんな感じ。特に大便の時の尻拭きで、かなり汗を掻く事になり本当に拭きにくい。それだけで一時間も掛かるという事にもなり、本当に大変な仕事になったりしている。そんな感じでとにかく格闘という毎日になっているけれど、頑張って乗り切るしかない。もう分かっている事だから。覚悟をしているのだから。これからも繰り返して行くのだから。
まあとにかく、蟻は何とかしなければ。この格闘だけはいい加減終わりにしたい。そんな思いで蟻を寄せつけない薬を家の周りに撒いたけれど、果たして効くのかどうかが今は何だか心配。だけどこのままにしておくわけにも行かず、とにかく効いてくれと願うしかない。信じているしかない。
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| 2006年7月1日 16:46 |
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またいらん事をした。別に悪気なんかはなかったけれど結局はそうなって、そんな事をしやがってと嫌がられてしまった。そしてそんな事に落ち込んでため息をついている。こんな失敗は今回だけではなく、だから別に驚いてはいない。そしてそんな自分ともしっかりと向き合って行こう。そんな思いでいる。だけど性懲りもなくまた繰り返しているという事に、本当に何をしているんだという思いになる。いい加減にしてくれと、自分に対して言いたくなる。本当に呆れてしまう。またいらん事をしたという現実に。
こんなふうにはなりたくはない。嫌だと思う人の姿を目にする度に、そんな気持ちを胸にしていた。自分はとにかくしっかりとするようにしよう。少しでもいい加減に生きる事だけはしないようにしよう。そんな思いでやっている。そして今も続けている。だけど自分もまた、同じように誰かに見られているのかも知れない。こんな事ばかりをする人のようにはなりたくはない。とにかく自分はしっかり生きて行くようにしたい。地にしっかりと足をつけて歩きたい。そんなふうに思われているのかも知れない。何処かで誰かに見られているのかも知れない。そんなふうに思ったりしている。人の事はあまり言えないな。そんな気持ちになっている。
その後これという話しをその人とする事はなく、何となく気まずい感じになっている。どんなふうにきっかけを掴めばいいかが見えなくて、そのままで時間が過ぎている。ため息なんかをついたりしているけれど、いまの自分の現実だから受け止めるしかない。これもまた自分なんだからと。今はそんな思いでいる。
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| 2006年6月24日 21:22 |
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「乙川さん、こんにちは」
突然、高校生に声を掛けられた。以前に総合学習で一年間、中学校の生徒と関わりを持つという事をした。一年間関わりを持つ事でしっかりと向き合い、何かを受け止め感じて行く。そんな内容のものだった。その時の生徒が声を掛けて来た。茶髪でピアスをして眉毛を剃っていて、いかにも不良という姿。それに少し引いたりしたけれど、笑顔で話し掛ける姿にすぐに打ち解ける事が出来た。お互いに笑顔で話しをした。
学校はあまり面白くないらしい。成績も良くないようで、何のために高校に行くのかが分からない。そんな思いでいるみたい。だから何となくそんなふうになっている。表情から感じ取れた。
「せっかく高校に入れたのだから頑張れ。勉強は出来るといううちにした方がいいんだから」
私の言葉に素直に頷いて、それではまたと手を上げて遠ざかる。最後までいい笑顔を浮かべていた。
根っからの悪ではない。歩いているうちに道に少し迷って、変な所に出てしまった。ただそれだけの事なんだ。そしていつもの道に出るにはどう行けばいいのかと、一生懸命に歩き探している所なんだ。だからあまりそんな事を責めないで、静かに見守っていればいい。そしてたまにこの道を行けば、いつもの場所に出られんじゃないかと教えればいい。ただそうしていればいい。頑張れと声を掛ければいい。誰もが道に迷うんだから。何回も繰り返すんだから。
また何処かで会うだろう。その時はどんなふうになっているんだろう。相変わらず不良という感じでいるのか。それとも少しは変わった姿になっているのか。どちらでもまた笑顔で会えればいい。お互いに元気でいる事を確かめ合えればいい。そんなふうであればいい。
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| 2006年6月17日 17:31 |
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思わず逃げたくなる時がある。気が重たいと感じたりすると、そんなふうになってしまう。出来るだけ楽に生きたい。面倒な事から目を背け、そのままにしておきたい。そんな気持ちになったりする。全ての事から逃げたくなる。そしてそれは今でも続いている。とにかく逃げてはいけない。全ての事を受け入れて行かなくてはいけない。そんな事を言いながら、気がつくと出来ないでいる自分でいる。受け入れずに出来るだけ手を汚さないでいよう。そんなふうに考えたりする。今も尚続いている。
だけどだからこそ、そんな事では駄目だと思う。しっかりと受け入れて行かないと、前に進む事は出来ない。自分らしい毎日は過ごせない。だからとにかくどんな事でも、受け入れて行かなくてはいけない。切なくて堪らないと思う事でも、目を背けてはいけない。改めてそんな思いでいる。逃げたくなる事を未だに繰り返しているからこそ、しっかりと胸にしている。
最近少し、気が重いという時間が続いている。どんなふうになるのだろうと、ため息なんかもついている。そんな感じであるけれど、それもまた受け入れて行こうと思う。それが今の自分ならば。逃げる事が出来ないのならば。
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| 2006年6月10日 20:03 |
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以前に食事作りに来てくれていた人が、英語の勉強のためにニューヨークに行く事になったという話しを聞いた。食事作りに来てくれていた時から、夢を話していたその人。ようやく叶って本当に嬉しく思っている。とにかく頑張って充実をしたものにしよう。話しを聞いた時、その人のそんな姿が目に浮かんだ。本当に生き生きとしている。胸が弾んでいる。そんな姿に眩しさを感じていた。確かに伝わって来ていた。
それぞれに生き方があり、譲れない夢があり。それが人には大したものではなくても愚かに見えても。それがあるから頑張れる。そんなものをそれぞれに持っている。確かに感じている。それに対して何だかんだと言われても、叶えられなかった事に傷ついても。しっかりと胸にしながら生きている。それぞれに歩いている。そんな事に価値があるんだ。俯いた毎日になっていても、その人らしくいられんだ。前向きにならなくても。
とにかくせっかくのチャンスなのだから、無駄にはしないで欲しい。身につくものがそんなになくても行った事自体を、悔やむものにはしないで欲しい。一つでも何かを手に出来ればそれでいいのだから。一回りも二回りも大きくならなくてもいいのだから。夢にへと旅立つその人に、そんな言葉を掛けたい。とにかく元気で行って来て欲しい。
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| 2006年6月3日 19:50 |
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朝、5時に目を覚ます。どうしても小便でそうなって、その時はもう本当に漏れそうになっている。そして急いでトイレに駆け込んで、何とか間に合った事にホッとする。そんな毎日を過ごしている。そして一度布団から出てしまったら、また入る事は出来ない。ちゃんと直さないと自分では掛けられず、その直す事に時間が掛かってしまう。そして面倒臭くなって、そのまま起きる事にする。洗濯とか他の家の仕事もあって、それもまた時間が掛かったりする。ヘルパーさんが来るまでに終わらせなくてはならず、そんな事も考えてそれぐらい早く起きている。毎日繰り返している。
だけど今は冬よりは楽。半分ぐらいの時間で済んでいる。一番大きいのは布団直し。今は一枚しか掛けていないから、直す事が簡単に出来る。本格的な夏になれば何も掛けなくても済むから、もっと楽になるだろう。余裕が出来る事だろう。だから冬よりは楽。だから出来ればずっとこのままでいて欲しい。そんなふうに思ったりしたりする。そんなわけには行かないけれど、何となく感じたりしている
夏は夏で大変で。汗でズボンが上げられなかったり、食べ物の心配をしたり。本当に楽だというものはない。それぞれに長所と短所がある。だからもう仕方がない。受け入れて行くしかない。そんな思いにもなっている。冬よりは楽という時間の中で。
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| 2006年5月27日 20:11 |
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母親の癌との闘病生活が始まってから二年半になる。今のところはこれと言う事もなく、元気に毎日を過ごしている。食欲もあって下手をすると、家族の中で一番食べるのではないか。そんなふうに感じさせたりしている。そんな意味で今のところはこれという心配がないままに、毎日を過ごしている。元気な姿を見せている。
だけどそんな中で、やはり今までとは違うというものを感じさせたりしている。どんなに食欲があってもあまり太る事はなく、痩せている姿をみんなに見せている。それから薬の後遺症で認知症みたいになり、訳の分からない事を言ったりやったりしている。そんな感じでいつもとはやはり違い、闘病生活にあるのだと思わせている。確かに伝えている。そんな事に戸惑いながらもしっかりと受け止め、家族全員で向き合っている。しっかりと感じている。
どうなっていても生きていて欲しい。一日でも長く家族でいて欲しい。ただそんな思いでいる。尊厳死とか安楽死とかあるけれど、そんなものは絶対に認める事は出来ない。社会の役にもう立たない者は、全て葬ってしまう。切り捨てて行く。結局はそんな事なのだ。そんな事で身近な人を亡くしたくはない。家族であれ友人であれ。どうなっていても生きていて欲しい。人間である事を簡単に諦めないで貰いたい。そんな思いを強くしている。
渡辺謙主演の映画「明日の記憶」を見た。本当に自分の事のように見た。身に迫るものがあった。それだけにいい映画として見る事が出来た。心に残った。
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| 2006年5月20日 19:33 |
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施設にいる友達の東京旅行が延期になった。担当者会議で話し合われた結果そんな事になって、少なくても今年は無理になった。東京まで行けるだけの体力がない。何かがあったらどうするんだ。そんな意見が次々と出され、東京に行くにはまだ時期が早いという流れになった。そしてもっと時間を掛けて準備をした方がいいという話しになって、とにかく今回は中止にしようという結論になった。せっかくの計画が延期になった。
いよいよ行けると楽しみにしていたのに。このために何年も前から街に出たりして練習をして来たのに、この結論に友達も私にもやはり落胆をした。本当にいつになったら行けるのか。もしかしたら行けないまま終わるのではないか。そんな気持ちになったりした。夢が遠ざかった事にため息をついたりした。
だけど諦めないでいようと思う。駄目になったわけではない。延期になったという事で、希望が完全に断たれたというわけではない。いつかきっと実現をするんだ。東京での時間を友達と楽しく過ごすんだ。そんな思いでこれからも取り組んで行くしかない。これで諦めたりしたら、今までの頑張りが何も意味のないものになる。そして友達は隔離をされた世界の中で、一生を終える事になってしまう。自立をしたいという夢を諦めた上に東京にも行けなかったら、一体何のための人生だったのかという事になってしまう。縛られたままになってしまう。だからとにかく頑張って取り組んで行くしかない。いつかきっとと信じながら進んで行くしかない。今はただそれだけで。
来月の巻の祭りの時に、電車に乗って来る予定。そして一緒に祭りを楽しむ事にしている。それも東京に行くための練習で、夢の実現のための取り組みはもう始まっている。とにかく立ち止まらずに行こうと思う。いつかきっとと信じながら前に進もう。とにかく今はそんな思い。
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| 2006年5月13日 21:52 |
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何だかホームシックになっている。東京から帰って来てから。本当ならば長い旅から帰ってきてホッとする所なのだけれど、とにかく今はそんなふうになっている。やはりそれだけ向こうでの時間が、充実をしていたという事なのか。忘れる事が出来ないぐらいの者が、胸に残っているからか。とにかく一週間前の今頃はこんな事をしていた。そんな事を考えたりしながら、ホームシックになっている。まだ抜け出せないでいる。
第九はしっかりと歌えた。結局咳は最後まで治らず、大丈夫なのかと心配をした。だけど本番になると嘘のように泊まり、とにかくしっかりと歌う事が出来た。最後までやり遂げられた。自分の思いは伝えられのかは分からないけれど。歌い方はどうだったかは気になるけれど。本当にいい舞台での時間だった。本当に上がって良かった。
ホームシックはまだ少しだけ残っている。いつもの自分モードにはなっているけれど、まだ東京での時間に心を取られたりしている。完璧に戻るにはもう少し掛かりそうだ。まあ、焦らずに待つ事にしよう。
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| 2006年4月29日 17:31 |
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初めて一人で東京に行った車椅子の知人。本当に大丈夫なのか。無事に目的の所に辿り着けるのか。そんな不安を強く感じながらも、とにかく頑張って行くんだ。自分に自信をつけるんだ。そんな思いで準備に取り組んでいた。私からのアドバイスに耳を傾けたりしながら。そして無事に着いた時、緊張の糸が切れたのか泣きながら私に電話をして来た。訳もなく涙が出て来て止める事が出来ないらしく、ただひたすらに身を任せている。そんなものが伺えた。だけど一人で行けて本当に良かった。自信がついた。そんな知人の思いも感じる事が出来た。とにかくそれが嬉しかった。
最初は誰もそんな感じ。本当にどうなるのか。そんな不安を持ちながら、新しい世界にへと飛び込んで行く。そして一つ成長をして、また新たな段階にへと進んで行く。人の一生はそんな事の繰り返しなのだろう。躓いたりして落ち込みながらも、そうやって生きて来た証しというものを残して行くのだろう。確かに胸にするのだろう。
また夏に東京に行くと電話で言っていた。今度は長めに時間を取って、ゆっくりと東京の雰囲気を楽しむとの事。その声はとてもいいものになっていた。一つ成長をした事の嬉しさで輝いていた。
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| 2006年4月29日 17:31 |
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6日に東京で障害者による第九コンサートが開かれる。第九を通して平和を訴えよう。憲法を守って誰もが自由に、自分の思いを伝えられる。そんな日本にして行こう。そんな事で開かれるコンサート。もう最後の追い込みに入っていて、成功に向けてのメンバーの意欲は最高に達している。何が何でも成功をさせるんだ。そしてとにかく平和である事の大切さを伝えるんだ。そんな気持ちで本番を迎えようとしている。気持ちを高めている。
私もまた、メンバーとしてステージに上がる。果たしてうまく歌えるのか。冬からの風邪の咳はまだ治らず、朝から咳き込む毎日が続いている。そんな事でステージが努められるのか。本当に大丈夫なのか。そんな事の心配をしながらも、ステージに向けての準備を進めている。意欲を高めている。
とにかくこのままでは平和な日本ではなくなってしまう。北朝鮮と全く同じ、軍事優先の自由のない社会になってしまう。だからとにかくステージに上がるんだ。平和への思いを伝えるんだ。そんな気持ちでいる。大丈夫かと心配でいる中で。
このエッセイが流れている時はもう既に、東京の空の下にいる。翌日からは最後の練習が始まり、本番に向けての機運を最高にする事になる。とにかく頑張る事にしよう。どうなるかは分からないけれど。そんな思いでいる。
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| 2006年4月22日 21:48 |
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朝から雨が降っていて、どう見ても仕事に出るのは無理。そんな日は何となく、一日を無駄にしたという感じになる。一日でも沢山仕事がしたい。その分早く収入を得る事が出来る。だからたとえ一日でも、休む事をしたくはない。多少天気が悪くてもいいから、何とかして出て行きたい。短い時間でもいいから。そんな思いになる。雨で出られないという時は。何となく空が恨めしい。そんな気持ちになる。
だけどその一方で、少しホッとしたりする。これで今日は休む事が出来る。寝転んだりをしながら過ごす事が出来る。そんなふうに思ったりして、少しホッとする自分にもなる。ああ、良かったという気持ちを感じる。疲れたりしていても晴れたりしていれば、迷わずに仕事に出掛けて行く。どうしようかと考える事もなく、とにかく行くんだと自分に言い聞かせる。少しでも躊躇わずに頑張ろうとする。だから朝からの雨の日は、そんな思いになったりする。仕事が出来たのに休んだりして。そんな負い目を感じたりしなくてもいい。仕方がないと自分に言い聞かせられる。だから少しホッとする。仕事に出られずに一日を無駄にした。そんな思いを感じる中で。
頑張れる時に頑張らなければ。そんなふうに思ったりする。そんなに頑張らなくてもいい。そんな気持ちを感じたりもする。果たしてどちらが自分の思いなのだろう。そしてどちらが自分に相応しいのだろう。それは今も分からない。考えても答えが出ない。だからこの二つの思いを使い分けながら、やって行くという事になるのだろう。頑張る時に頑張って。休む時には思い切り休んで。そんな事になるのだろう。毎日を過ごすのだろう。
明日の天気はどうだろう。晴れるのか雨なのか。そして晴れていれば迷わずに、仕事に出る事だろう。雨が降ったら何だか一日を無駄にした。そんなふうに思いながら休む事になるのだろう。休めて少しホッとした。そんな気持ちにもなりながら。
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| 2006年4月15日 20:28 |
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行商の仕事の再開をしてから2週間経ち、ようやく波に乗ったという感じになった。いつも回る家に電動車椅子を走らせ、「今年もよろしく」と元気な声を掛けている。そして向こうの同じような表情を見せてくれて、そこからも今年もまた始まったんだ。そんな思いを感じている。また頑張って行こうと頷いたりしている。
だけどそんな中で得意先が減ったりして、やりにくさも感じたりしている。今までよく買ってくれた人が亡くなっていたり、何処かに引っ越してしまっていたり。そんな感じで得意先が減ってしまい、何だか巻の町の風景が変わったという思いになっている。僅か4ヶ月しか休んでいないのに、ずっと見ている巻の町の風景なのに。何だかいつもと違うものを感じたりしている。そんな事に少しだけれど戸惑ったりしている。
僅か4ヶ月だと思っていても、やはりその間には色々とある。考え方によっては、4ヶ月も間隔が開いていたのかという事にもなる。だから町の風景が多少変わっても仕方がない。時間は流れているのだから。そんなふうに思っている。
今年も始まった行商の仕事。まあとにかく今年も頑張ろう。そんな思いで今日も走る。何だか風景が変わったという感じでも、このまま走る事にしよう。いつもの自分でやって行こう。そんな気持ちになりながら。
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| 2006年4月8日 21:07 |
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高校の時の担任が、先月いっぱいで教師を辞めた。定年まで後三年あったけれど、もうここが潮時だ。これからは自分の事に時間を使おう。そんな思いで退職願を出した。三十五年の教師生活にピリオドを打った。その話しを担任から聞いた時、一つの時代が終わった。そんな思いになっていた。言葉には表わせないものを感じていた。
何処かでずっと気持ちの方は、高校生のままでいた。年は重ねても考え方が何だか古くさくなっても、あの頃と変わらないものを感じていた。特に担任の前では、完璧に高校生の私でいた。親にも言えない事も何でも話せ、素直に自分の気持ちをさらけ出した。思いを伝えた。その担任が教師を辞めた。教師としての高校生活に幕を下ろした。ああ、これで本当に自分の高校生活が終わった。一つの時代がピリオドを打った。そんな思いになっていた。確かに心に広がっていた。そして新たな気持ちで歩き出さなくてはいけない。しっかりと自分の生き方をして行かなくてはいけない。そんなものを感じていた。確かに頷いていた。
自由な時間が沢山出来たから近いうちに一度、食事作りに来てくれるの事。そして久し振りにゆっくりと色々な話しをしよう。そんな約束をして電話を切る。今からそれが楽しみだ。その思いを胸に明日も頑張る事にしよう。
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| 2006年4月2日 12:16 |
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隣りのスーパーの工事が始まってから2週間たった。工事が進んで行くにつれ本当に賑やかで、家の中の音が殆ど聞こえない。そんな感じになっている。テレビやラジオの音も大きくしないと聞こえず、話しも下手をすると出来なかったりする。生活に困るという事はないけれど、何となくやりにくいという感じになっている。そんな毎日になっている。
そんな中テレビやラジオでは、今まで見たり聴いたりしていた番組が終わったり。司会ものが代わったりして、別れの季節だという事を告げている。そして新しく始まるのだという事も伝えていて、そこからも春だというふうに感じている。そして私の仕事も今週から始まり、尚の事そんな思いになっている。とにかくやるしかない。どんな事になるのかは分からないけれど、少しでも前に進まないといけない。改めて感じている。
そして今日も賑やかで、月末までこんな感じでいる。月末には本当に立派なものが出来上がり、今まで以上に便利になる事だろう。それまでの我慢だと思いながら、仕事に行く事にする。春だという事を感じながら。
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| 2006年3月25日 15:31 |
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先週、品物の注文をした。この週末には家に届く事になっていて、いよいよ来週から仕事が始まる。
注文の電話をする度、今年もまた始めるかという思いになる。頑張るかと気合いを入れる。特にこの冬は家にいる時間の方が長くなり、何だか出るのが億劫だという感じになっていた。面倒臭いから今年はやめる事にしようか。ほんの少しだけれど、そんなふうに思ったりもした。だから注文の電話によって、今年もまたやるんだ。いつものように頑張って行くんだ。そんなふうに気合いを入れた。また始めるかともう一度確かめた。
どんなふうになってもいつもの自分でいよう。テレビや新聞で大きく取り上げられても、本が売れて有名になっても。変に雲の上の人間にならず、とにかくいつもの自分でいよう。自然に振る舞っていよう。いつもそんな気持ちでいた。人にはどんなふうに見えたかは分からないけれど、それだけは忘れずにいようとした。ずっと感じていた。そしてそれには何か歯止めになるものが必要で、それが行商の仕事だった。この仕事を続ける事で何があっても、いつもの自分でいるようにするんだ。自分をとにかく見失なわずにいるんだ。そんな思いを強くした。自分なりにしっかりと胸にした。だからこれからもこの仕事は続けて行く。自分がどんなふうになっても見失なわないために、いつまでも続けて行く。この身体が続く限り。
今年また始めるか。まだ完璧ではないけれど、そんな思いになっている。週末に品物が届けば、本当にそんな思いになるだろう。とにかく頑張って行くしかない。自分で決めた事だから。今はそう頷いている。
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| 2006年3月18日 18:40 |
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我が家のすぐ隣りにあるスーパーが増改築の工事に入るため、今週からしばらくの間店を閉じる事になった。そして買い物の殆どをそのスーパーにしていた私の、本当に不便だと感じる生活が始まる事になった。
何しろ玄関を開けるとすぐにもう、スーパーの駐車場に出る事が出来た。そして電動車椅子で20秒ほどで、スーパーに行く事が出来た。だからどんなに雨が強く降っている時でも買い物に行く事が出来、そんな意味では本当に便利な生活が送られた。本当に助けられた。だけど今週からしばらくは、そんな生活を送る事は出来ない。1番近いスーパーでも電動車椅子で20分は掛かり、今までのようなわけには行かない。特に雨が降っている時などはどうする事も出来ず、どうしようかという思いになっている。人に頼むといっても何を買うかは、実際にスーパーで見てみないと分からない。任せると言っても今度はその人が、何を買えばいいのか迷ってしまう。どうすればいいのかと佇んでしまう。そんな感じで不便な事になって行く。しばらくはそんな時間が続く。
だけどこれぐらいは我慢をしなければいけない。他の自立をしている障害者の人の事を考えると、そんなふうに思ってしまう。
みんな、不便な生活をしている。住んでいる家が狭かったり、町の中心から随分離れていたり。そんな不便さと向き合いながら、自分の生活を送っている。そして自分らしくいようとしている。だからこれぐらいは我慢をしなければいけない。今まで便利な生活が送られたのだから。そしてしばらくしたらまた、そんな生活に戻るのだから。
晴れた時は出来るだけ、自分で買い物に行く事にしよう。安易に人に頼まずに、自分で選ぶ事にしよう。たまに違うスーパーに行くのもいいかも知れない。新しい発見があるかも知れないから。そんなふうに思っている。しばらくは不便だという中で。
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| 2006年3月12日 10:25 |
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今月に入ってから晴れている時は、何もなくても外に出るようにしている。何しろこの冬は家にいる事が多くて、そのために外に出るのが何だか面倒になっている。このままだと本当に面倒になってしまい、来月からの仕事に支障が出る事になる。だから何とか閉じ籠もり癖を、完璧につけないようにしなければいけない。今から少しずつ、来月から始まる仕事の準備をしておかなければいけない。そんな事でたとえ何もなくても、外に出るようにしている。ただ巻の町の中を当てもなく、電動車椅子を走らせている。それだけの事だけれど。
外はまだ肌寒く、ジャンパーを着ないと出る事が出来ない。缶コーヒーを飲む時も冷たい物にはまだ躊躇いがあって、多少の熱さは我慢をして温かいものを選んでいる。だからまだ春だと言うには、少し早いという気がしている。もう少し時間が掛かりそう。そんなふうに思ったりしている。
だけど少しずつ、春になっている事を感じている。夕暮れが遅くなって来た。電気毛布やカーペットを使わなくても、大丈夫というふうになった。そんな事から少しずつ、春になって来ている事を感じている。そしてそれだけで、胸が高鳴ったりしている。そんなふうに感じるほど豊かな心ではないのだけれど、気持ちが弾んだりしている。やはり嬉しいという思いになっている。
とにかく来月から仕事が始まる。クーラーボックスを電動車椅子の後ろに乗せて、巻の町の中を歩き回る毎日になる。果たして今年はどんな感じになるのだろう。そんな事を考えたりしているけれど、とにかく頑張ろうと思っている。少しずつ春になって行く中で。
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| 2006年3月4日 20:57 |
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オリンピックも終わり、何となく淋しいという感じになった。そんなにテレビで見たりする事もなく、ニュースで結果を見るぐらいだった。だけど一つの大きな祭りが終わると、やはり気が抜けた思いになってしまう。心に穴が空いたような気になる。
今回の大会で感じたのはやたらに、感動という言葉が目立った事だ。みんなに感動を与えたい。元気になって貰いたい。そんな言葉がいつも以上に目立ち、そんな事に何となくそれは違うという思いになっていた。いかにもみんなのために頑張るという姿に違和感を持った。別にそんな事を頼んだ覚えはない。頑張って欲しいとは思ったけれど、自分達のためにとは言っていない。それなのにそんなふうに言われると、何様のつもりだと思ってしまう。天狗になるなと言いたくなる。
かつて自分にも同じ事があった。詩が音楽祭で入選をしたりすると、詩を通してみんなに感動を与えたい。生きる喜びを持つようになって欲しい。そんな事を分かっているような顔で口にしたりした。だけどそれに対して、自惚れるな。あなたに感動をさせて貰わないと駄目なほど、貧しい生き方はしていない。そんなふうに言われたりした。その度にこん棒で頭を殴られた思いになり、本当に恥ずかしいというものを感じた。だからそれだけに違和感を持ってしまう。それは違うと思ってしまう。
敢えて言わなくてもいい。自分は今まで頑張って来た。その成果をここで出すんだ。そんな思いで精一杯にやればいい。汗を流せばいい。そうすれば必ず伝わる。感動をした。元気を貰った。そんな事になる。だから敢えて言わなくてもいい。ただ自分の力を出せばいい。
とにかくオリンピックが終わって、何となく気が抜けている。静香フィーバーはまだ続いているけれど、遠い昔の事のように思えている。大きな祭りが終わった後の淋しさを、改めて感じている。
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| 2006年2月26日 13:57 |
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「そんなわけには行かないよ。金は全部、自分が出すから」
生まれて初めての東京旅行に出る施設の友達。話しが具体的になり、六月に行く事で調整に入った。一緒に行く介護の人も見つかり私がガイド役になって、二泊三日の日程で準備を始める事になった。本当に初めての長旅に少し不安も覗かせながら、期待に確かに胸を膨らませていた。
その友達が私にそんな事を言った。介護の人はもちろん私の旅費も自分が負担をすると言った友達に対し、自分の分は出さなくてもいいと私は伝えた。それぐらい自分で出すからと。だけど友達はきっぱりと拒否をした。自分はやって貰うだけの人間ではない。どんな環境にいても、自分の足で歩いている。弱いと思われる生き方はしていない。その一言にそんな思いが込められていた。確かに伝わって来ていた。そんな友達の姿を見て、遠慮なく甘える事にした。それが友達の気持ちに応える事だと思った。しっかりと受け止める事にした。
優しくしてやりなさい。親切に手を差し伸べましょう。障害者に対し未だにそんな見方をしている。そうしてやらないと何も出来ない。生きて行く事も難しくなる。だから優しく接しよう。いつも笑顔を忘れずに。未だにそんなふうに言われている。そして伝えられている。だけどそうして貰わないといけないほど、私達は弱くはない。傷ついたり絶望をしたり、そんな事を繰り返しながら自分の生き方をしている。安定はしていないけれど、自分の足で歩いている。だから優しさの気持ちで接するのではなく、一人の人間として真正面から向き合って欲しい。そしてとことん関わり話し合い、その人の思いを生き方を受け止めて欲しい。尊重をして欲しい。決して弱くはないのだから。一人の人間として時を刻んでいるのだから。
友達の初めての東京旅行。果たしてどんなものになるだろう。果たして無事に行って来られるのだろうか。色々と考えたりしているけれど、とにかく楽しんで来る事にしよう。色々とあったけれど本当に行って良かった。そう思えるものにしよう。今はそんな思いでいる。
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| 2006年2月20日 13:39 |
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この冬は家の中にいる時間が多い。例年より寒くて雪が多い。確かにそんな事はあるけれど、とにかく家の中にいる時間が多い。そんな感じの生活になっている。
今までは寒くても晴れていたら、用がなくても外に出ていた。多少雪が積もっていても気になどせず、無理にでも出たりしていた。そのために道の真ん中で電動車椅子が動かなくなって、周りの人に迷惑を掛けたりもした。そんなふうになりながらも、とにかく少しでも出るようにしていた。少しでも外の空気に触れようとしていた。だけどこの冬はそんな事はない。用があるとか映画に行くとか、何か目的がない限り出ようとはしない。晴れていても寒いしだから面倒だ。そんな理由で家にいる事にする。そしてそのために今年になってから、まだ一度も会っていない人がいる。いつも何かある度に手伝いに来てくれる近所の人にも会う事がなく、社会との関わりが殆どないと言ってもおかしくはない。そんな感じになっている。
確かに無闇に出ても仕方がないけれど、殆どでないというのも考えものかも知れない。もしかしたら下手をすると、みんなから忘れられてしまう事になる。そんな事になるかも知れない。だからやはり少しでも出た方がいい。ただ外をふらつくだけでもいいから、週に一度ぐらいはそうした方がいい。そんなふうに思ったりもする。だけど今は思わず億劫になってしまっている。寒いのだから無理はしない。そんな思いが先に立ち、家の中にへと追いやっている。この冬はもうそんな感じで行きそうだ。それはそれで受け止めるしかない。そんなふうに思っている。
来月に入ったらどんどん出るようにしよう。仕事がもうすぐ始まるという時期でもあるのだし、オーミングアップだという意味も込めて出る事にしよう。それまでは家の中で。それだけ年だという事もあるけれど。それはあまり認めたくはないけれど。
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| 2006年2月11日 16:48 |
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自立生活をしている障害者の人の家で、お金がなくなるという事件があった。確かに机の上に置いてあったのに、トイレに行っているほんの数分の間に消えていた。そしていつも介護に来るヘルパーが盗ったのではないか。そんな話に発展をしてしまい、思わぬ騒ぎになった。一回の事ならば何かの間違いだと思える。だけど二回も三回も続いてしまうと、どうしても盗られたのではないかと思ってしまう。しかも同じヘルパーが来ている時であれば、必然的にその人に疑いが行ってしまう。そんな事で盗った盗らないの問題になり、警察を呼ぶなどして大変な騒ぎになった。そして二人の信頼関係にもひびが入り、介護には行かなくなってしまった。他のヘルパーも自分達の事を疑う人の所には行きたくはない。そう言ってその人の家に介護に行く事の敬遠をするようになった。見向きもしなくなった。今は何とか新しい人が毎日行くようになったけれど、一度入ってしまったひびを取り除く事は容易ではない。本当に時間が掛かる。そんな感じになっている。
本当にどちらも切ない。疑う方も疑われる側も。何年も関わりを持ち、もう信頼が深いものなっている。そうなっていればいるほど、そんな思いを胸にする。そしてこのまま有耶無耶にしたい。そんなふうに考えたりしてしまう。だけどそれではお互いのためにはならない。深いはずの信頼が意味のないものになる。見せ掛けになってしまう。本当に切ないけれど目を反らしてはいけない。しっかりと向き合わなければならない。深いものにになった信頼を失なわないためにも。
とにかくお金の管理はしっかりとしよう。確かにここに片づけた。だからもう大丈夫。しっかりとそう言えるようにしよう。本当に切ないのだから。疑う方も疑われる側も。それに越した事はないのだから。とにかくそんな思いでいる。
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| 2006年2月4日 21:15 |
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今年になってから、あまり詩を書かなくなった。書いている事は書いているのだけれど、以前のように沢山は書かなくなった。新しいエッセイを書き始めて、いつしかそれが中心になった。そのために詩を書く頃になると疲れてしまい、書きたいという気持ちにはならなくなる。そして後回しにしてしまい時間が経つにつれ、もうやめようという思いになってしまう。そんな感じの毎日にいつしかなって、とにかくあまり書かなくなった。そんな今までと違うパターンの生活に、確かに少し戸惑いを持ったりしている。このままだといつしか習慣になって、もう抜け出せなくなってしまう。何処かで無理をしてでも何とかしないと。そんなふうに思ったりしているけれど、なかなかうまいようには行かない。そして未だに、こんな状態が続いている。以前のようには書かなくなっている。
だけど全く書かないわけではない。以前のようには書かなくなったけれど、確かに書き続けている。毎日の生活の事を。その中で感じた事を。確かに書き残している。少しずつでも今の自分の姿を記している。だから今はそれでいいのではないかと思う。慌てて無理に戻そうとするよりも、自分が納得をするものを書く事が大切なのだから。全く書かないよりは確かにいいのだから。そんなふうに思っている。とにかく少しずつでも書いて行こう。そんな事で続けて行く。
今週もエッセイを書く事が中心になり、詩は後回しになっている。そしてそんなに書かないまま終わってしまう。そんな感じになっている。しばらくはそんな感じで行きそうだ。それが今の自分であるならば、受け止めているしかない。焦らずにそのままで行くしかない。今はそんな思いでいる。
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| 2006年1月30日 13:31 |
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日曜日に映画を見に行っている。実家より帰って来てからずっと続いていて、おとといもまた見に行った。別に理由があって日曜日にしているわけではない。たまたま日曜日しか都合がつかなくて、そんなふうになっている。そして見終わってから帰りの電車の時間まで、当てもなくただ電動車椅子を走らせている。平日と土曜日ならばボランティアセンターが開いているから、時間までそこで過ごす事が出来る。だけど日曜日は休みのためにそうは行かない。そして時間まで何処に身を置こうか。ひたすらにそう考えながら、街中を走っている。そんな事を繰り返している。
そんなふうになってからどれぐらい経つのだろう。改めてそんな事を、何となく考えている。若い時は行きたい場所が沢山あって、何処から行けばいいのか分からなかった。書店とかCDショップとかいくらでも行く場所があって、思い切り街中での時間を過ごす事が出来た。だけど今はもうそんな事はない。用事さえ済めばもうそれでいい。そんなふうになっている。街に魅力がなくなったのか。それとも私がそんなふうにしか、感じられなくなったのか。それは分からないけれど、やはり今もそんなふうになっている。何処に行けばいいのかと戸惑っている。
次からは平日か土曜日に行こう。身を置く場所があるから。いたずらにただ歩かなくてもいいから。そんなふうに考えてはいるけれど、なかなかうまいようには行かない。日曜日でなければ出られない。そんな事もやはりあるだろう。だからもう少し、時間の使い方を考えた方がいいかも知れない。映画と電車の時間をちゃんと調べて、無駄に歩く事がないようにするとか。そんなふうに考えたりしている。うまいようには行かないけれど。
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| 2006年1月22日 22:45 |
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風邪を引いてしまい、咳が酷く出るようになった。熱はなく食欲もあるので、寝込むほどのものではない。だけど咳のために喋れになくなるほど、やはり切ない事には変わりはない。そして医者に行って薬を貰って来る。とにかく少しでも早く治したい。そんな思いで飲み始める。長引かないようにする。
そうしたら薬が効き過ぎて興奮気味になり夜、寝れなくなってしまった。目をしっかりと閉じて少しでも寝ようとはするけれど、うとうととする事もなく時間だけが過ぎて行く。そんな事を3日ほど送ってしまった。日中も何となく身体が変な感じで、生活にやはり影響が出るようになった。そしてこのままだと駄目だと思い、医者にもう1度行く事にした。風邪が治る前にどうにかなってしまう。そんな思いで行く事にした。そして相談をした結果、薬を飲まないという事にした。生活に支障が出たら元もこうもない。そんな事でやめる事にした。その分、咳は長引くだろうけれど。
寝れない方がやはり辛い。咳が出るという事よりも。次第に苛立って来て、そんな思いにどうしようもなくなって。咳も確かに辛いけれど、寝れない事に比べれば大した事はない。我慢をする事が出来る。だけど寝れないとそうは行かない。ひと晩でもそうなると色々な事に支障が出てしまう。そして自分らしくなくなる。やはり寝れない方が辛い。どんな事よりも本当に切ない。改めてそんなふうに考えたりしている。
薬をやめたその夜、グッスリと寝る事が出来た。それこそ死んだように。お陰で久し振りに、気持ち良く起きられた。咳は出て切ないけれど、とにかくそれにはホッとしていた。助かったという思いになれた。
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| 2006年1月14日 19:07 |
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「一体どうしたんだ。馬鹿な事を考えるな」
千葉に住む障害者の友達からの年賀状に、そんな文句が書かれていた。本当に心配をしている。そんな思いが文書から伝わって来た。
そもそもの原因は私の年賀状にあった。昨年も嬉しい事と切なさの繰り返しで、切なさの方を思い出す時が多い。そしてその度に胸を痛めている。そう年賀に書いた事が原因だった。無論、悲観的な意味で書いたわけではない。これをバネにして頑張って行こう。なくした分を取り返す事にしよう。そんな意味のものであり、それは文面にもしっかりと表わしていた。だけどそれが伝わらず、余計な心配をさせてしまう事になった。本当に私が馬鹿な事を考えるのではないか。そんな不安を与えてしまった。本当に大変な事をしてしまった。
本当に伝え方は難しい。改めてそんな事を思っている。それによって今まで培って来た関係を、根底から壊してしまう。そんな事にもなってしまう。本当に難しい。だけどだからこそ、思いを伝える事は素晴らしい。そして分かり合える事の大切さを、しっかりと胸にして行きたい。そんな思いも感じている。改めて頷いている。
早速、謝りのメールを出した。お騒がせて済みませんと。そして向こうから「心配をさせやがって」と、ホッとした感じの返事が届く。その文面から笑顔が零れていた。本当に良かったという思いが溢れていた。
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| 2006年1月10日 13:48 |
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昨日の夜、四ツ郷屋の実家から帰って来る。そして今年の生活のスタートをさせる。長めの休みのせいでどんなふうになっているのか心配だったけれど、我が家に戻ると自然にいつもの自分になってる。そしていつものように動き回り、いつものように時間の流れを感じている。やはりもう、今の生活が身についている。少し長く実家にいたぐらいでは、簡単に変わるものではない。そんな事を感じている。
今年は何をやろうか。一応は色々と考えてはいるけれど、やろうと決めたものはまだない。本当に何をやろう。その段階からなかなか後もう一歩が踏み出せないでいる。ちゃんと決まるまでには、もう少し時間が掛かりそうだ。とにかくいつものようにやって行こう。変に変えたりする事などせずに、いつもの自分の生活をして行こう。そうしていれば自然に、何をやるかが決まって来る。そしてそれに向かって歩く事になる。とにかくいつものようにやって行こう。これからどうなるかは分からないけれど、いつものように進んで行こう。今はそんな思いでいる。
この冬は本当に寒い。しばらくは家の中だけの毎日になりそうだ。無理に有意義に過ごそうとは思わずに、いつものようにやって行こう。そのうちに何にかが見つかる。そんな気持ちで構えていよう。そんな思いでスタートを切る。
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